VW排出ガス不正の影響、より深刻化する懸念滲み始める

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フォルクスワーゲン AG(本社:ドイツ・ニーダーザクセン州ヴォルフスブルク、CEO:マルティン・ヴィンターコーン、以降VW)が、2009年から2015年までの同社クリーン・ディーゼルモデルで、意図的に米国EPAの排出ガス規制を回避したというニュースが世界を駆け巡り、程なくVWのCEO自ら声明を発表(9月22日に公表)。さらに対象のディーゼル車両全車にあたる48万2,000台を米国に於いてリコールした。

このリコールの余波は、VWの企業規模ゆえに、排出ガス試験不正問題の影響を受ける車の台数が最大1,100万台に上るとの見方を示したように今日、国際レベルで見た場合、その傷口は徐々に拡大しているように見える。

9月22日、約65億ユーロに達するとされる引き当て金の影響は、VWの期待利益減少に止まらず、同社の31.5%の株式を保持するポルシェSEも、2015年度会計下でマイナスの影響を想定し、利益目標を調整しているというニュースも発信されている。

それら対策としてVWが投じるであろう拠出コスト拡張の行方も、さもさることながら、むしろこれを発端に、VWグループの株価や、この23日になって飛び出したCEOの進退問題(フォルクスワーゲンAGの監査役会の幹部会によるビデオ声明・9月23日に公表※)のみならず、他メーカーも含めた、ディーゼル車両に対するステレオタイプ的なレッテル効果が気になる。

※Berthold Huber(ベルトルト・フーバー)氏、フォルクスワーゲンAGの監査役会会長。Wolfgang Porsche(ヴォルフガング・ポルシェ)氏。ポルシェオートモービルホールディングSEの監査役会会長。Stephan Weil(ステファン・ワイル)氏、ニーダーザクセン州の首相、フォルクスワーゲンAGの監査役会のメンバー。

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ことの発端は、現時点に於いては情報が不足しており、想定の域を出ないのであるが、おそらくVWはステアリングの舵角や、スピードの増減、前後輪の回転速度差や負荷バランスなど、シャシーダイナモ上や特定のテスト環境に於ける特殊な環境下でのみ、車両から望む排出データ値が出るよう燃焼・排気系ユニットを制御していたとみられる。

そもそもディーゼルエンジン自体は、より大きな燃料流量が流れる際、窒素酸化物(NOx)も多く生成されることになるため、上記のような特定環境下をあらかじめ想定し、これらの流量を絞ることで、規制を逃れていた可能性が高いと思われる。

幸い日本国内には、今回対象となった2.0リッター4気筒エンジン搭載のTDIモデルは限られるが、国際マーケット下のVWブランドに於いては、ジェッタ、ゴルフ、ビートル、パサート、アウディ、トゥアレヴと多岐に亘る。

これらのなかで課題を抱えた車両は、すべて今後発表されるであろう修正プログラムを介して全車リコールされる。但しそれがソフトウエアのみによる対策となった場合、幾何かの絶対性能の低下や、燃料効率が下落する可能性がある。

またこうした要素を長期的視野で見た場合、米国当地に於ける中古車価額の下落要因のひとつになる可能性も考えられる。

一方、リコール対策がそうしたソフトウエアプログラムだけに終わらず、触媒システムの根本的改良等に及ぶ可能性もあり得るだろう。

しかしそうなると、さしものトップ企業VWであったとしても、掛かる投入コストと、その後のブランド評価の行方に、不安が残るだろう。

投入コストに見合わない企業価値低下は中期的な事業業績だけでなく、長期的視野で見た企業存亡にも関わるからだ。

そもそも自動車の排出ガス汚染は、その汚染の絶対量や、波及の大きさや規模に関わらず、喘息などの呼吸器疾患を連想させる健康被害を確実に想起させることから、社会全体に与える拡散効果は計り知れない。

もうひとつの課題は、米国に於いては州毎に排出ガス規制が異なるため、その結果如何によると、対象車の他地域への再販並びに再登録を阻まれる可能性もあり得る。

いずれにしても同事件は、短期的に自動車の環境対策の一翼を担うとされていたパワーユニットに与えた影響という面で、実に根が深い。場合によってはVW単独の企業課題で終わらず、自動車業界全体の行方を左右するほどの可能性を秘めている。(坂上 賢治)